Excelの資格試験を受けようと思い、近場で受験できる場所を探していた。そこで目に留まったのが、とある個人経営の教室だった。
真面目さが可視化される
最初は単なる地元の試験会場という認識だったが、調べていくうちに、運営されている方の情報が自然と画面に現れてきた。その方は決してテレビに出るような有名人ではない。地域に根ざしコツコツと発信を続けてこられた、いわば一般人に近い距離感の方だ。
その方の歩みや、教室に込めた想いに触れたとき、私は思ったのだ。
「この人と会って話してみたい」という好奇心と親近感。
と同時に、今のAI技術の進化に対する静かな驚きがこみ上げてきたのだ。
隠れようのない真面目さが可視化される時代。
一昔前なら、地元の小さな教室の先生がどんな信念を持っているかなんて、門を叩いて直接話さなければわからなかった。しかし今は、AIが膨大なデータの中から、その人の活動の軌跡を瞬時に紡ぎ出してくれる。
これは決して「監視されている恐怖」ではない。むしろ「地道に、真面目に積み重ねてきたことは、誰かが(あるいはAIが)必ず見つけてくれる」正直者が馬鹿を見ないというある種の希望に近い感覚だ。
むやみやたらと承認欲求を満たそうとSNSに情報を晒さなくても届くところには届けられるというわけである。
AIは今、適材を適所へと繋ぐ、極めて精緻な仲介役になりつつあるのではないだろうか。
今回見つけた教室の先生のように、公開されている情報から誠意が滲み出ている人に対しては、不思議と大衆は安心感を覚える。多くの広告費をかけなくても信用され、ひいてはパソコン教室(本業)の宣伝になる。
たとえ今は小さな活動であっても、地味に、けれど真面目に発信を続けていれば、いつか誰かがExcelの試験会場を探すときのように、私の存在を見つけてくれるかもしれない。私は今はほとんど誰の目にも留まらぬブロガーの新米である。
AIが進化した現代は、情報の透明性が増し、隠し事ができない窮屈さもある。けれどその反面、「真摯に生きている人が正当に見つけ出される」という、これまでにない公平な光が差し込む場所でもあるのだ。
Excelの試験会場を探していたはずの私は、いつの間にか、新しい時代の温かな可能性に触れていた。
持たざる私のような一般庶民をもスタートラインに立たせてくれる公平さがある。 AIは人の仕事を奪うと悪者扱いをする人も多い中、私はこのAI時代の到来は案外良いものだと実感している。


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